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27歳、黄色の彼

今日2017/3/17は

玉森裕太くん、27歳の誕生日。

 

人生の半分を玉森くんに捧げてきた私としては、27歳なんて意味がわからないし現実?ってくらいな勢いだけど。とりあえずおめでとうございます!めでたいことに変わりはない!

 

 

 

色々思い出がある。

キスマイに入れた時はめちゃめちゃうれしかったなぁ、次は出されないように!って思いながら。w

そういえば(当時は)毎週日曜日の楽しみだった少クラでのEDでステージの淵にJr.が一列に並ぶとき、一番端だから画面から見切れてて笑うしかなかった(ちなみ逆側の端で宮田が見切れてた)。

Jr.コロシアムで点数をめくってたのに気づいたら恥ずかしすぎるセリフシリーズを毎回言わされてたな。ちなみに、私の中では「待ったかい?迎えに来たよ、子猫ちゃぁん♡」がぶっちぎりの第1位。

エビキスコンも、単独も、ごくせんも、大きい仕事がきまったときは毎回夢だと思ってほっぺをつねった。

ソロ曲がもらえた時も、初めてソロパートがもらえた時も、なんだか寂しくて嬉しかった。

 

 

もどかしいくらいに少しずつ成長してたのに、急にガガガって上にあがっていった玉森くん。

デビューしてドラマの主演をやって映画の主演もやった。ドリボなんて座長だし。

 

 

いつまでたっても後ろの方でへにょっとしてた玉森君のイメージが強いし、私はそんな玉ちゃんが大好きだった。

ももちろん応援してるけど、今のキスマイの勢いが実力に追いついてるのかもわからないし何しろ早すぎて全然ついていけない。

 

 

そもそもキスマイは現状維持ではいけない気がするし、、、

あんまりそのへんは言わないようにしよう。

 

 

とにかく、急成長というよりは急に押されてがむしゃらにひたすらこなしていた玉森くんも、最近はまぁ板についてきたのかなぁなんて上からだけど思う。

1ヵ月1万円生活、サバイバル生活は素晴らしかった。あんなへにょへにょだった玉森くんは、こんなに男らしくなってたんだ、こんなに負けず嫌いだったんだって久々に思った。かっこよかったなぁ。

あと濱キスのビビリ橋と10m(だっけ?)の飛び込み。あのときも凄くかっこよかった。しょーもない企画だったけど、なんだかすごいかっこよかったなぁ、。男らしい。

 

 

 

何が書きたいのかもうイマイチ分からないけど、やっぱりいまでも可愛いしかっこいいし私の絶対的ゆるゆる担当であることは間違いない。

昔みたいにガッツリは追わないけど、遠くからずっと見ていたいなって。

 

 

 

可愛くてかっこよくてみんなに好かれる素敵な人。やる時はやる男らしい人。頭悪くてぶっとんでるけど意外といろんなことを考えてる人。オシャレでかつて憧れていた小山くんにまで褒めてもらえる人。

そしてキスマイのセンターを担う人。

 

素敵すぎる27歳になりますように!

 

誕生日おめでとう!

 

彼らが彼らに思うこと。

Rの法則のサイトにあるR’sブログの担当が

3月7日は自担である

はっしー(橋本涼くん)だった。

 

書き始めは明るくていつもの涼くん。

だけど3文目には、これといった話がないので春らしく出会いと別れの話をする、と書いてある。

 

仕事柄、出会いもたくさんある。だけど出会いの先にあるのは別れ。

もちろんジャニーズJr.である彼がいう「別れ」というのは「仲間の退所」のこと。

 

昨日いた人が明日はいない。理由はわからないけど、そんなことは関係なく明日が始まる。それがこの世界の常識なんだと小学生ながらに思っていた、と。

ライバルもお兄ちゃん的存在の人も名前は知らないけどお世話になった人も、明日はいないのかも。

日々そう思うらしい。

 

だけど高校生になった涼くんは

相手が決めた道を悲しんだらその人に失礼だ。本人が決めた道を、素直に見送ろう。

と思えるように。

でも、どうしても悲しいときはお風呂で泣いてる、って書いてあった。

その人の分まで自分は何年かかってもこの世界で夢を叶えなきゃ、と思いながら自分はやっている。と。

 

 

 

読んだ瞬間に涙が止まらなかった。

ジャニーズJr.の子が仲間が退所したときの気持ちをこんなにリアルタイムで赤裸々に書いているのは初めて読んだ。

文章力があるとはいえないし、語彙力も乏しいけど、なにか強いものがある。

 

関西に行った時はよろしくね!と約束をしてお互いに刺激をもらった赤名くん。

ジャニアイでも弟みたいに可愛がってもらった仲田くん。

ドラマでもステージでもいつも一緒にいた玉元くん。

......

 

まだまだ数え切れないくらいの別れを涼くんはしてる。

でもその度にグッと上を向いてきた。

彼はまだ若干16歳。辛すぎる現実がのしかかっても、ファンには見せない顔。

 

ちらっとのぞかせてもらったような気分になった。

 

 

 

本人の言葉でぜひ↓

こんにちは! | NHK Rの法則

 

16年にわたるジャニヲタ人生。

ついさっき初めましてって投稿したけど

あれは前置きってことでこれが最初の投稿。

私がジャニヲタになった過程をダラダラ振り返ってみようと思う。

 

私の母

母は私が生まれる前から森田剛くんに盲目でそれは今も変わらない。そんな完全なるジャニヲタ母ちゃんのある意味すばらしい英才教育にまんまとハマった。物心ついたときにはもう立派なジャニヲタだった。

私自身後悔はしてないしむしろ感謝しかないけど、母はたまに後悔しているように見える。いや、しょっちゅうかな。

ちなみに母は私を産む時、伊藤家の食卓を見てる時に陣痛がきたにも関わらず

学校へ行こうも見たい...」

というアホすぎる発想から、陣痛に耐えて耐えて耐えながら学校へ行こうを見終わり、病院に着いてからかなりの短時間で私を産んだ。病室には父ではなく森田剛くんのうちわを飾っていた。

 

KAT-TUN

しばらくして保育園に通い始め、周りの子供たちが“お母さんと一緒”を見ている時も 「歌のおにいさんだよ〜♡」 という母の言葉を信じ少クラやらMステやらを見続け、2歳の時には早くもV6のFeel your breezeでコンサートデビューを果たした。ひらがなを覚えたばかりの時は 「文字の勉強だよ〜♡」 と言葉巧みに騙され、三宅健くんのラジオに手紙を書き、「可愛い字ですね〜♡」と健くんに読んでもらったこともある。

が、私がハマったのはV6ではなくKAT-TUN

赤西仁くんが大好きで、保育園のかえり道でお母さんに 「仁くんと観覧車の頂上でちゅーしたの!」 と夢の話を報告していた(らしい)。今思うと恥ずかしすぎる。

SUMMARYも行ったし、海賊帆もデビューコンも行った。当時の愛読書はMyojoを始めとしたあの5冊。そのお陰(?)で、近所の表札を見ては 「あ!田中さん!この人はTだね!」 などと発言し、周りのお母さんには漢字も読めイニシャルまでわかる、とても頭がいい子だと思われていた。ぶっちゃけた話あの6人以外の漢字は読めなかったし、イニシャルなんてものも知らなかったけど。

ちなみにこの頃、小学校入学前に基礎ができていた方がいいと母に勉強をさせられるが、乗り気にならなかった私に母がとった策は...

母「ねえねえ、6+4は?」

私「わかんない。」

母「KAT-TUNが6人でしょ?バックにYa-Ya-yahの4人が付いたとするじゃん?」

私「10人(即答)」

 

初めての自担

そうはいっても、仁くんとKAT-TUNは母も好きだったから私も好きで、担当かと言われるとそういう訳ではない。

実はわたしの初めての担当は玉森裕太くん。後ろの方でへニョへニョ踊ってた玉ちゃんを保育園児ながらに 「あの子がいい!」 と指差し、母にも母の親友のジャニヲタさんにもなんで玉森?と不思議がられた。(同時期に母は髙木雄也くんにドハマリし、現在も髙木くんは母の副担である。)

その後Kis−My−Ft.(後にFt2)に加入し、後ろの方でヨロヨロしていたひよっこが、気付いたらセンターに立っていた。めんどくさいからすごく端折ったけど、ほんとにそんな感じ。デビューは嬉しいことだったし (どーでもいいけどFC開設の日に会社の昼休みにダッシュで振込に行った母には感謝してる) 私も号泣したけど、金髪ふわふわだった玉ちゃんが黒髪にしてドームに立っていた時はJr.感がなくなり遠くに行った気がして心底がっかりした。顔ファンって言われるのかな?顔ファンの原理がわかってないからあれだけど、ビジュが180°かわって急激に萎えたのは事実。

そして、なんだかんだ言いつつも玉森担8年目を迎えます!というときに人生初の担降りを経験する。

 

久しぶりのJr.担

玉森担も増え (決して同担拒否ではない)、玉森は相変わらずぴんとこなでデコ出し黒髪で萎え萎えだった時に、少クラで一人のジュニアを目で追っていることに気がつく。神宮寺勇太くん。スプラウトに出てる時なんて神宮寺くん推されてるなーと超絶他人事のように見ていたのに、急にきた。自担に萎えてる時のDKのチカラは強い。軽率に落ちた。

そしてつい最近では、2015-2016のジャニワで橋本涼くんにもやられる。以前から母に 「涼くん、赤西に似てきてる!」 と言われ続け、注目はしていたものの、同い年の涼くんに落ちるとは思わなかった。スノープリンス合唱団を見ていた頃の私が今の私を見たらきっと仰天するに違いない。

そうして今ではEXシアターに通い、クリエの高倍率と戦い、キスマイがデビューして以来のJr.担生活に力を入れているのである。

 

気持ち悪いくらい長くなってしまった...。もしここまで読んでくれた人がいたら申し訳ないなぁ。

今でもKAT-TUN、仁くん、(親の影響でV6、Hey!Say!JUMP)、そして玉ちゃん、神宮寺くんと涼くんを始めとしたJr.達、ていうか事務所そのものに全力で湧いて、もはやクソDDと化している私だけど

今日までの16年間ジャニーズと過ごしてきて、今更ジャニヲタ以外の道は見つかりそうにない。お金は消えるし、人生たった1度の華のJK(笑)なのに現実の男の子にもなかなか目がいかない。

祖母と父には母子そろって呆れられてる。

だけどこんな人生もわるくない。初めて連れてかれたコンサートから15年経とうとしてるけど、未だに母とはコンサートも森田剛くんの舞台も独立後の仁くんのコンサートも一緒に行く。もはやヲタ友。学校にも気の合うヲタクはたくさんいるし、ある意味リア充だと思う。

 

あ〜、楽しいなぁ。をたく。

 

初めまして

 

突然ですが、

ブログ始めてみました!

 

語り厨だし、誰に話すわけでもないけどだらだら語りたいことあるんだよなー……

 

ってことが普段から多々あるんで、ブログやりたいなーと思ってたけど中々機会がつかめなくて。

3月にはいって、Jr.祭りもある、玉森くんの誕生日もある、

うん、今しかない!って流れ。笑

 

ただ飽き性だからなーわたし

つづくのかなぁ。

がんばる。笑

 

気ままに、言いたいことだけを書いてれば続くかな!

 

レポまとめたりとかにも使いたい(^o^)

ゆるーく。笑

 

 

おしまい。